2010 10
18
ダウンタウン ナパのすぐ北に位置する自宅を出て高速29号線に乗り、数分も走れば東西南北見渡す限りのブドウ畑に囲まれる。午前中は濃い霧に包まれ真夏でも涼しいくらいだが午後には力強い太陽が照りつけまさにカリフォルニアのイメージ通りの風景に包まれる。
そこから10分程でOakville(オークヴィル)に辿り着く。ここはナパヴァレーの"グランクリュ"と呼んでも過言ではない銘醸畑がそのハイウェイの両サイドに広がる。特に西側は"Oakville Bench"と呼ばれ特別扱いされるケースが少なくない。Harlan、HeitzのMartha's、To-Kalon、BondのVecina、etc....カリフォルニアワイン好きにはLatour、Mouton、Haut Brion以上に魅力的な響きである。
この同地域の東側にももちろん銘醸畑は広がっている。だが、上記の西側のワインと比べるとどこかスタイルが異なる。中には質の面でも一歩ゆずると豪語する"西陣営"もいるが、東陣営のメンツを見れば"西優位"の議論は行き過ぎている事にすぐ気付くだろう。Dalla Valle、Joseph PhelpsのBackus、Showket、そしてScreaming Eagle。カリフォルニアワインを代表する面々が軒を連ねる。ただ、質は劣らずともスタイルの違いは認めざるを得ない。東陣には西陣の力強さの中に秘める"優美さ"は見当たらない。
なぜその違いが起こるのか?ナパヴァレーにワイン留学の為に渡る以前からの疑問であったが明確な答えが見つからないまま渡米となった。
きらびやかに観光化された高速29号線。世界一長い(高級)ワインバーカウンターともいわれる。その高速沿いで数少ない庶民の為の店、Oakville Groceryという店で一番安いサンドイッチを買い、向いのNapa Valley Wine Companyというワイナリーでテイスティングと称してグラス一杯のワインをちょうだいし外に出て太陽とブドウ畑に包まれながら固いサンドイッチを頬張りワインで流し込む。貧しさと豊かさを同時に感じる瞬間だ。
おもむろに、西にそびえ立つマヤカマス山脈を眺め頂上からTo-Kalonのブドウ畑が位置するふもとまで目をゆっくりと下におろす。
太陽が西に傾き始めマヤカマス山脈に差し掛かり、ふもとのTo-Kalonを含めた"西陣営"のブドウ達が山の大きな陰にすっぽりと吸収されている事にハッと気づく。同時に眼を東に向ければ、東陣営の代表格、Dalla Valleの畑がまだ強い西日にさらされている。
慌てて車に飛び乗りハイウェイを横切り西のマヤカマス山脈のふもとを目指す。乾燥したカリフォルニアでは日陰は真夏の東京のそれとは比較にならないぐらい気温が落ちる。すぐさま車に乗り今度は東の畑へと向かう。そこでは力強い西日がまだこうこうとブドウ達を照りつけているではないか。その熱の威力はブドウに触れば(もしくはそのワインを飲めば!)明らかである。
出来あがったワインの個性は大きく異なる。東のDalla Valleは力強い太陽をそのままワインに移したがごとくたくましさがあり、強固なタンニンの骨格から骨太なボディを形成する。香りも、強い西日に"ロースト"されたブドウに由来するこうばしさが特徴的だ。それに対し西のBondのVecinaは、凝縮感はあるがバランスのとれた上品なタンニンにより優美な装いを呈する。風味も果実味にフレッシュさを残し、爽やかなミントやユーカリの香りが複雑さを加える。この時間帯による太陽の当たり方(強さ)の違いにより東と西では大きく個性が異なるワインになる。
ここまではOakvilleの東と西の違いを述べたが、ではすぐ北に隣接しているRutherford(ラザフォード)との違いはどうか?よく聞かれる質問の一つだ。
よくボルドーに例えられ、RutherfordはPauillac、OakvilleはSt. Julienだと言われる。地理的に北と南に隣接し、昔から重要なワイナリーがRutherfordに存在するから(BeaulieuとInglenook(現在のRubicon))だろう。また、メソクライメットを考慮すれば理論的には、若干温かい(若干霧の影響の少ない)Rutherfordの方が若干力強くなるといえる。(Pauillacの方がSt. Julienよりしっかりしているというのがボルドーでは通説である。)
ただ、味わい的には決してそうとは限らない。RutherfordがOakvilleと比べてより堅固なスタイルであるとは言えない。HeitzのBella Oaks (Rutherford)とMartha's (Oakville)という単一畑同士のカベルネを比べればその理論は成り立たない事は明白だ。(明らかにMartha'sの方が力強い。)それに、味覚的にはっきりとした違いが出るほどそのメソクライメットの違いがワインの個性に影響しているとは言えない。加えて、昨今主流となっているモダンなワイン作りから来る影響を押しのけられる程のパワーはないと言える。
言い換えれば、OakvilleとRutherfordを北と南という視点で見れば、違いは見出せない。Oakvilleの西と東の違いの方がOakvilleの西とRutherfordの西の違いよりはるかに大きいと言える。
ただこのRutherfordでは、この太陽による違いに加え、土壌による違いも西と東に着目し見いだせる。
よくRutherford Dust(ラザフォード ダスト)という表現が地元では使われ、この地の西側のやや高台になっているRutherford Benchと呼ばれる場所で取れたブドウから造られるワインの個性を表している。これは独特のDusty(ダスティ、細かい粉末の様)な触感やミネラル感を指す。ただ、モダンなワイン作りが主流の現在において、過剰なHang Time(ブドウを摘み取らずに枝に残しておく期間)によって過熟になったブドウから造られたワインからこの個性を見出す事は難しくなっていることも事実だ。
それでも地元のワインメーカーに聞けば、"ウチのワインにはRutherford Dustを感じる"と言い張るが、ワインメーカーに自分のワインを語らせるのはママに自分の息子の事を聞くのと一緒だ。他人には見えないものまでも見えてしまうのは仕方がない。
ただ、Freemark AbbeyのBoschéやSycamoreという単一畑のカベルネは、このRutherford Dustがどういう物かを知りたければ是非飲んでもらいたいワインだ。モダンなワインが主流の現在において昨今あまり人気がないようだが、その片鱗が今でも感じられる素晴しいワインだ。また、有名なものの中では、RubiconやBeaulieuのGeorges de Latourはこの個性を大切にしているワインに思える。
このRutherfordの東は固い岩盤がむきだした様な崖になっており実質ブドウが植えられない場所が多く、東側の畑はOakvilleの東側と比べて少ない。それでもQuintessaなど有名ワイナリーがそれぞれRutherfordの名に恥じない素晴しいワインをこのアペラシオンから作っている。残念ながらかつての東の代表格であったCaymusはブドウをナパ中から仕入れるようになりRutherfordの東側を表現するワイナリーではなくなっている。スタイルもかつてRandy Dunn(現在のDunn Vineyardの当主。伝統派の代表として知られる。)がワインメーカーをしていた頃とは全く異なりかなりモダンになっている為いずれにしてもRutherfordのテロワールを表す事は難しいだろう。
ナパの中心に位置するこの二つのAVAは地理的のみならず心理的にもナパの人々の軸になっていると言える。質の面でこの地のワインはナパ中のワイナリーの目標となっていると言っても過言ではない。
ただ、他の土地で同じように作ってもやはり同じ味わいにはならない。そしてそれは残念なことではなくむしろ喜ばしい事である。なぜならその違いはテロワールから来るものであり、我々ワイン好きはその違いに感動を覚えるからである。
このナパの中央に位置するこの二つのAVAは技術の中心地とも言えるが、その最先端の知識や最高峰の技術でテロワールの個性が見えなくなってしまっては本末転倒であるということも、影響力のあるこの二つの中心地から発信し、その精神が中央から外に広がっていけば、フランスワインのテロワールの魅力からワインの世界に入ることが通例である東京のマーケットにおいても、カリフォルニアがフランスと変わらない地位に昇り詰めることはそう難しい事ではないだろう。

千葉和外 Kazuto Chiba
1972年6月生まれ。
92年 都内フレンチレストランに入店。ウェスティンホテル東京を経てカリフォルニア州ナパヴァレーカレッジ修了後「オーベルジュ ド ソレイユ」に入店。07年帰国後、西麻布「サイタブリア」シェフソムリエとして2年半勤め、現在は麻布十番のフレンチレストラン「Hortensia(オルタシア)」にてチーフソムリエを勤める。
The Court of Master Sommelier認定Advanced Sommelier
第六回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
ワインスクール アカデミー デュ ヴァン講師 アメリカワインクラス担当
フレンチレストラン「オルタシア」(麻布十番)のページはこちら
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