American Wine Journey::カリフォルニアワイン、アメリカワイン紀行ブログ
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Napa Valleyを訪れる観光客の中で最も野心的な人であっても、Pritchard Hillで有名なChappelletというワイナリーを訪問したら、帰り際に近くのヘネシー湖を眺めながら軽く休憩し、また来た道を戻りNapa Valleyの中心地のワイナリー、もしくはレストランを目指すのが普通だろう。

 

だが、来た道を戻らずに128号線をずっと東に進むと世界が一変したかのような風景を目の当たりにする事ができる。

 

29号線の賑わった雰囲気やシルヴェラード トレイルの洗練された優雅さなどは皆無だ。人影もほとんど見られず実にひっそりとした素朴さだけが感じられる。ワイナリーはあることはあるが、OakvilleやRutherfordのように、自然に視界に入ってくることはない。ただただブドウ畑が広がるのみで、ほんの数マイル西のNapa Valleyの中心地より、日本の田舎の田園地帯の方が共通性を多く見出せる。

 

そこがChiles Valley(チャイルズ ヴァレー)と呼ばれるNapa Valley東端のワイン産地だ。

 

内陸に位置することから冷たい海風の影響は受けにくいが、平地の部分であっても標高が高い為全体的にNapa Valleyの中心地よりも平均気温は低い。周りは山で囲まれている為夜には冷えた風が吹き下ろし、明け方には遅れてナパ名物の冷たい霧が到達するため気温の上昇がNapa Valleyの中心よりも遅くなる。

 

気候的にはカベルネにも適していると言えるが、ここを代表するブドウはジンファンデルだろう。Brown Estateの濃厚なスタイルはNapa Valleyの中心のライバル達とも引けを取らない現代風な味わいだが、Green & Redのジンファンデルは、黒コショウなどのスパイスの風味にバランスの取れた酸、フレッシュさを感じられるブルーベリーの風味など、より涼しい気候を反映したスタイルでここのテロワールを感じる事ができ、多少田舎臭い味わいだがより親しみが感じられる。

 

ワイナリーの数は少ないが、Nicheliniなど19世紀から存在するワイナリーもあり歴史は長い。そのほかにも、Green & RedやVolker Eiseleなど1970年代に作られたワイナリーもあり、Napa Valleyの中心地と変わらない歴史を誇る。

 

質の面でもBrown EstateのカベルネやジンファンデルなどNapa Valleyの中心のワインと比べても決して引けを取るものではなくもっと追随するワイナリーが増えてもよさそうなものだ。

 

ただ、既存のどのワイナリーのどのワインを見ても、"Chiles Valley"という自分達のアペラシオンをラベルに記載しているものはない。商売を考えれば、誰も知らないこのアペラシオン名よりも、ブランド的地位を確立した"Napa Valley"とラベルに書いてあるほうがマーケティング効果の大きい事は周知の事実だ。このアペラシオンを作る為に先頭を切っていたGreen & Redでさえもこのアペラシオン名を使っていない。

 

この地を訪れてワイナリーの人達と話をすると、Chiles Valleyの魅力を誇り高く熱く語ってくれる。

 

Napaのお隣のSonomaのワイナリーの人達も同じぐらい自分達の土地に誇りを持っているが、Chiles Valleyの人達との大きな違いは、"SonomaはNapaとは違う、"と強調する点だ。

 

一方、Chiles Valleyの人達は、"自分達はNapa Valleyの中心と同じだ、Chiles ValleyはNapa Valleyの一部だ、"と強く主張する。

 

Chiles Valleyは山を隔てて東側に位置するが、その為、Napa Valleyの中心の人から見れば"よそ者"的な目で見る傾向がある。

Sonomaも、逆側だが、Napaと山を隔てて位置する。しかし、アペラシオン上は別の土地である事から自然とライバル心が生まれ、Napaとは違う事に誇りが出てくる。

 

しかし、Chiles Valleyはアペラシオン上ではNapa Valleyの一部だ。ところが、Chiles Valley内の人達以外はそうとは思っていない。どこかよそ者扱いをされがちだ。

 

境界線を挟んでその違いをIdentity(アイデンティティ)として誇りを持ち続けているSonomaと、その違いは境界線を引くに値しないとしてNapa ValleyのIdentityと同化する事を求めるChiles Valley。

 

Napa Valleyが世界的に有名になる30年前まではその様なあつれきは存在しなかったのではないだろうか。あったとしても現在のそれとはスケールが異なっていたに違いない。

 

Green & Redの素朴さが感じられるジンファンデルを飲むと、Chiles Valleyの田舎臭い親しみ深さが心地よく感じられる。ならば、Chiles Valleyを全面に押し出せばよいのではないか、と短絡的に思ってしまう。

 

しかしそれは、東京の都会人が田舎の観光地を訪れた時に直面する田舎の不便さについて、"のどかでいいですね、"などと地元の人達に話す時と同じぐらい無意味な優越感から来るのんきに平和ボケした感覚なのかもしれない。

カリフォルニアのワイン産地はAVAと呼ばれフランスのAOC(原産地統制名称)に類似する。しかしながら、それほど厳格に規定されておらず、批評家達の格好の餌食、又は酒の肴となっており、AVAの説明文を読む事は、あら捜しが好きな人にはとってもお勧めの暇つぶしだ。

 

先のブログでも軽く触れたが、AVAとして単独のワイン産地を名乗るほど卓越した個性のない産地も少なくない。また、それとは逆に中にはAVAとして独立したアぺラシオンを持つべきなのに持たない産地もある。

 

後者の代表格がPritchard Hill(プリッチャード ヒル)だろう。

 

Napa Valley(ナパ ヴァレー)の東側を走るSilverado Trail(シルヴェラード トレイル)という道路を北に進み、128号線とぶつかる交差点を右に進む。

 

穏やかに登るこの曲がりくねった道を進めば左手に大きな湖が見えてくる。

 

Lake Hennessey(ヘネリー湖)と呼ばれる湖で、ナパ市民に供給する水源となっている。その湖を背に向けると、目の前に大きな山が立ちはだかる。それがPritchard Hillだ。

 

ナパの内陸に位置する為、本来なら平均気温は高く質の高いブドウを作るのは難しいはずだが、高度とヘネシー湖の影響、またときおり吹き寄せるソノマからの涼しい風により酸を維持し、ブドウをゆっくりと熟成させる。特にカベルネの生育には非常に適したメソクライメットと言えるだろう。

 

また土壌は主に火山性であり、土というより特大の岩が地中にゴロゴロと、場所によっては隙間なく埋まっている。ポルトガルのポートワイン産地、ドウロ川流域を彷彿とさせる光景だが、同様にダイナマイトとブルドーザーを使って山を切り開きブドウを植える作り手も見られる。この水はけが極めてよくかつやせた土壌である為収穫量は低く凝縮感のあるブドウが生まれる。

 

もともとブドウ栽培地として注目されておらず、ここを有名にしたのは1967年に創設されたChappellet(シャペレ)というワイナリーだろう。

 

当時存在しなかったコーヒー用自動販売機を初めて開発し富を得たが忙しいビジネスライフから逃れゆっくり人生を過ごす為にそれに合った土地を求めていた。そして、辿り着いたのがここナパヴァレーだった。

 

1960年代の後半でまだ"山"のブドウの価値は知られておらず、ブドウ畑といえばほとんどが平地で、誰も好き好んでこんな山のテッペンで岩だらけの土地などに興味を持っていなかった。だが、このChappellet夫妻は、当時最も尊敬されていたBeaulieu Vineyard(ボーリュー ヴィンヤード)の伝説的ワインメーカーAndre Tchelistcheff(アンドレ チェリステェフ)の助言を信じ、(また成功した先駆者に共通する"感"によって)、このヘンピな山にワイナリーを構える事に決めた。

 

その後の名声は説明するに及ばずだが、Chappelletの成功によりこの地の価値が認められ後にここからカルトワインも作られるようになった。

 

Bryant Family(ブライアント ファミリー)、Colgin(コルギン)のIX Estate(ナイン エステート)、David Arthur(デーヴィッド アーサー)のElevation 1147(エレヴェーション 1147)などが良い例だろう。最近では、Ovid(オーヴィッド)というモダンなワインが注目を集めている。

 

これらカルトワイン達は数がかなり限定されており、かつ値段も途方もない事からなかなか飲むどころかお目にもかかれない。

 

だが、この先駆者であるChappelletの"Pritchard Hill"と呼ばれるプレステージクラスのカベルネなら、決して安くはないが、カルトワインの数分の一の値段で、まったく遜色のない(私個人の意見では、それ以上に)高い質を披露してくれる。その下の"Signature"というカベルネでも十分にこのテロワールを手軽に楽しむことができる。

 

これ見よがしの迫力を演じるタイプではないが、"山"のワインらしく力強いタンニンによる骨太なストラクチャーが中心を走り、その周りを凝縮感のある果実味が包んでいるが、ヘネシー湖やソノマからの冷たい風のお陰でその果実はフレッシュさを保ち、且つ、そのブドウを"クールダウン"させる要素のお陰で長い生育期間が取れタンニンも熟しきめ細かい舌触りとなる。

 

ちょうどHowell Mountain(ハウエル マウンテン)とStags Leap District(スタッグス リープ ディストリクト)を足して二で割ったようなスタイルと言えるだろう。地理的にもその理論が成り立つ。

 

このChappelletのワイナリーを訪れると、ブドウ畑以外は林がそこかしこに見られるのみだ。それ以外は山を切り開いた後に残る岩がゴロゴロと山の側面に見られる。おそらくこの夫妻が初めてこの地を訪れた時はほとんどがこういう風景だったと想像する事は容易であるが、そこにブドウを植え一生をそこで暮らそうと決める決断力は想像を絶する。

 

自動販売機という当時は革新的な商品で富と名声を築いたCheppelletという先見の明のあるビジネスマンだからこそ成し得た偉業だとも思える。

 

また、お金と労力を使い"意味のないもの"を得るなどという費用対効果の悪い事に手を出さない事も、(例えばAVAを取得する、など)、一流のビジネスマンが故と言えるかもしれない。

 

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千葉和外 Kazuto Chiba
千葉和外 Kazuto Chiba

1972年6月生まれ。
92年 都内フレンチレストランに入店。ウェスティンホテル東京を経てカリフォルニア州ナパヴァレーカレッジ修了後「オーベルジュ ド ソレイユ」に入店。07年帰国後、西麻布「サイタブリア」シェフソムリエとして2年半勤め、現在は麻布十番のフレンチレストラン「Hortensia(オルタシア)」にてチーフソムリエを勤める。

The Court of Master Sommelier認定Advanced Sommelier
第六回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト

ワインスクール アカデミー デュ ヴァン講師 アメリカワインクラス担当

hortensia

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