2011 04
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Napa Valleyを訪れる観光客の中で最も野心的な人であっても、Pritchard Hillで有名なChappelletというワイナリーを訪問したら、帰り際に近くのヘネシー湖を眺めながら軽く休憩し、また来た道を戻りNapa Valleyの中心地のワイナリー、もしくはレストランを目指すのが普通だろう。
だが、来た道を戻らずに128号線をずっと東に進むと世界が一変したかのような風景を目の当たりにする事ができる。
29号線の賑わった雰囲気やシルヴェラード トレイルの洗練された優雅さなどは皆無だ。人影もほとんど見られず実にひっそりとした素朴さだけが感じられる。ワイナリーはあることはあるが、OakvilleやRutherfordのように、自然に視界に入ってくることはない。ただただブドウ畑が広がるのみで、ほんの数マイル西のNapa Valleyの中心地より、日本の田舎の田園地帯の方が共通性を多く見出せる。
そこがChiles Valley(チャイルズ ヴァレー)と呼ばれるNapa Valley東端のワイン産地だ。
内陸に位置することから冷たい海風の影響は受けにくいが、平地の部分であっても標高が高い為全体的にNapa Valleyの中心地よりも平均気温は低い。周りは山で囲まれている為夜には冷えた風が吹き下ろし、明け方には遅れてナパ名物の冷たい霧が到達するため気温の上昇がNapa Valleyの中心よりも遅くなる。
気候的にはカベルネにも適していると言えるが、ここを代表するブドウはジンファンデルだろう。Brown Estateの濃厚なスタイルはNapa Valleyの中心のライバル達とも引けを取らない現代風な味わいだが、Green & Redのジンファンデルは、黒コショウなどのスパイスの風味にバランスの取れた酸、フレッシュさを感じられるブルーベリーの風味など、より涼しい気候を反映したスタイルでここのテロワールを感じる事ができ、多少田舎臭い味わいだがより親しみが感じられる。
ワイナリーの数は少ないが、Nicheliniなど19世紀から存在するワイナリーもあり歴史は長い。そのほかにも、Green & RedやVolker Eiseleなど1970年代に作られたワイナリーもあり、Napa Valleyの中心地と変わらない歴史を誇る。
質の面でもBrown EstateのカベルネやジンファンデルなどNapa Valleyの中心のワインと比べても決して引けを取るものではなくもっと追随するワイナリーが増えてもよさそうなものだ。
ただ、既存のどのワイナリーのどのワインを見ても、"Chiles Valley"という自分達のアペラシオンをラベルに記載しているものはない。商売を考えれば、誰も知らないこのアペラシオン名よりも、ブランド的地位を確立した"Napa Valley"とラベルに書いてあるほうがマーケティング効果の大きい事は周知の事実だ。このアペラシオンを作る為に先頭を切っていたGreen & Redでさえもこのアペラシオン名を使っていない。
この地を訪れてワイナリーの人達と話をすると、Chiles Valleyの魅力を誇り高く熱く語ってくれる。
Napaのお隣のSonomaのワイナリーの人達も同じぐらい自分達の土地に誇りを持っているが、Chiles Valleyの人達との大きな違いは、"SonomaはNapaとは違う、"と強調する点だ。
一方、Chiles Valleyの人達は、"自分達はNapa Valleyの中心と同じだ、Chiles ValleyはNapa Valleyの一部だ、"と強く主張する。
Chiles Valleyは山を隔てて東側に位置するが、その為、Napa Valleyの中心の人から見れば"よそ者"的な目で見る傾向がある。
Sonomaも、逆側だが、Napaと山を隔てて位置する。しかし、アペラシオン上は別の土地である事から自然とライバル心が生まれ、Napaとは違う事に誇りが出てくる。
しかし、Chiles Valleyはアペラシオン上ではNapa Valleyの一部だ。ところが、Chiles Valley内の人達以外はそうとは思っていない。どこかよそ者扱いをされがちだ。
境界線を挟んでその違いをIdentity(アイデンティティ)として誇りを持ち続けているSonomaと、その違いは境界線を引くに値しないとしてNapa ValleyのIdentityと同化する事を求めるChiles Valley。
Napa Valleyが世界的に有名になる30年前まではその様なあつれきは存在しなかったのではないだろうか。あったとしても現在のそれとはスケールが異なっていたに違いない。
Green & Redの素朴さが感じられるジンファンデルを飲むと、Chiles Valleyの田舎臭い親しみ深さが心地よく感じられる。ならば、Chiles Valleyを全面に押し出せばよいのではないか、と短絡的に思ってしまう。
しかしそれは、東京の都会人が田舎の観光地を訪れた時に直面する田舎の不便さについて、"のどかでいいですね、"などと地元の人達に話す時と同じぐらい無意味な優越感から来るのんきに平和ボケした感覚なのかもしれない。

千葉和外 Kazuto Chiba
1972年6月生まれ。
92年 都内フレンチレストランに入店。ウェスティンホテル東京を経てカリフォルニア州ナパヴァレーカレッジ修了後「オーベルジュ ド ソレイユ」に入店。07年帰国後、西麻布「サイタブリア」シェフソムリエとして2年半勤め、現在は麻布十番のフレンチレストラン「Hortensia(オルタシア)」にてチーフソムリエを勤める。
The Court of Master Sommelier認定Advanced Sommelier
第六回全日本最優秀ソムリエコンクール セミファイナリスト
ワインスクール アカデミー デュ ヴァン講師 アメリカワインクラス担当
フレンチレストラン「オルタシア」(麻布十番)のページはこちら
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